スペシャルインタビュー
住宅業界のトップランナーを徹底解剖
イベントには約2000人が来場! 人を呼び込む森の中の工務店
最高年間売上高は26億円。業界全体が冷え込んだ2023年度も新築35棟、1000万円クラスのリノベーションを30棟手がけて約15億円の売上高を記録し、決算期の4月末までの繰り越し受注額は9億円を超えたという株式会社浜松建設。その本社は、緑にあふれた心地好い森の中に建てられました。「これからの建築は“世界観”になるんじゃないか」と語る代表取締役社長の濵松和夫さんに、これまでの軌跡と貫いてきた思いを伺います。
#ビレッジ戦略 #世界観で魅せる #ファンマーケティング #可視化システム
看板もなし! 営業をかけないモデルハウス
株式会社浜松建設の本社があるのは、荒れ地のみかん畑だった3000坪の土地を開拓し、木を植えてつくったという森の中。その名も「風の森」。ここには本社だけでなく、カフェやギャラリー、スイーツのお店や雑貨店、ホテルなど、19もの楽しめる施設が点在しています。
「風の森をつくったのは、もう22年ぐらい前なんです」と代表取締役社長の濵松和夫さん。森の中に本社をつくったわけをたずねると、「普通は誰も来ないですよね、建設会社に。どうやったら建設会社の庭に遊びに来てもらえるかって、すごく大事だと思うんです」という答えが。当時は、材木屋からの工務店への転身で知名度はゼロ。まずは知ってもらうために、「森」を選んだのだといいます。
「ここに森をつくろうということからスタートしました。私が37歳のときですね。森自体は安いですし、そこに付加価値をつけて人を集めようじゃないかということで、森づくりが始まったんです。もちろん周りからはものすごく反対されましたよ。会社をどこに置くかとなったら、普通は看板の目立つところ、大きな道路沿いにしようとか、それが当たり前ですよね。でも、自分は真逆の考えでした」
結果、看板も掲げずに森の中に構えられた本社。一見すると工務店にはとても見えませんが、それが狙いです。むしろ「この建物は何かな」と思わせることに意味があるという濵松さん。森の魅力に気づかされたのは、俳優の柳生博さんが長い年月をかけて雑木林に手を入れてつくられた山梨県北杜市にある八ケ岳倶楽部だったそうです。
「素晴らしい雑木林の中に店舗があったんですよ。実際に行ってみたら、その魅力に引き込まれてね。もう帰りたくなくなりました。そこで、木にはこういう力があるんだと思ったんです」
濵松さんはそんな木の魅力を軸に、営業をかけずに「ファンを呼び込む仕組み」づくりをしてきました。森やそこに設計された建物の力とともに、他業種のお店も入ることによって人を呼び込む力が加わり、相乗効果をもたらすビレッジ戦略の走りともいえる存在です。
本社を構えたのは長崎県諫早市の「風の森」ですが、その後も南島原市に「風びより」、西彼杵郡長与町まなび野には「風の森まなびの」もあります。それぞれに森の中にある小さな町のようなつくりになっています。
「森のファンを囲い込んで、とにかくワクワクさせること。おしゃれだなとか、いろんな言葉を出させるには、この森の仕掛けしかなかったなと思っています。この森にしびれさせることによって、『これ、どこがつくってるの?』となる。『風の森は知ってるけど、なんか浜松建設がやってるらしいよ』というストーリー。カフェに訪れた人がついでにモデルハウスも見て行って、『なんかいいのあるよ』って、そういう口コミの力ですよね」
年に一度、風の森に県内の手作りの作家さんが集結する「風の森マーケット」なども恒例になっていますが、その一日で約2000人もの人が訪れているそう。そのほか2か月に1度ほどのペースでプチマーケットも開かれていますが、毎回200人ほどが訪れる人気のイベントになっています。
今でこそ実際にそうして多くの森のファンを呼び込み、それが浜松建設にも興味を持ってもらうきっかけになっていますが、この手法が正解だなと思えたのは、15年ほど続けてみてからだったといいます。
「不動産的な考えじゃなく、ファンを巻き込んでいるんですね。この森のファンの人に一生懸命ここで働いてもらって、また仲間が増えていく。ご成約になるお施主様も、この森のファンが多いんです。でもこの形は、すぐには真似できません。木の成長には叶わない。20年経った木と、今植えた木とでは違いますから。年月を重ねるほど、いい感じになっていくんですよ」
「森に遊びに来たお客さまには営業をかけない」というのが、濵松さんの方針です。何かお客さまに聞かれれば、聞かれたことだけに答える。浜松建設で建てる住宅にも興味をもってもらい、お客さま側から詳しく話を聞きたいとなったときに初めてアポをとるというスタンスです。
「ガツガツして、こちらから押してばかりでは取れるわけがないんですよ。森でお話するなら、ワクワクするようなことを。まずは世界観をつくって、お客さまを感動させるところから。これは私がずっとブレずにやってきたことです」
「何もなかった傾斜地に小さな小屋をつくって、人が集まるような場になったらいいなと思ってやっているわけですが、その小屋ひとつとっても、『これいくらするんですか?』なんて小屋の受注にもつながったりすることがあるんですよ」
世界観の共有からはじまるファンマーケティング。風の森の中にあるモデルハウスは、その居心地のよさをしっかり体感できる宿泊施設としても機能しています。
社長が広告塔! 地元のテレビ番組やラジオに出演
住宅完成見学会は月に1軒ほど行っているという浜松建設。「今はどこも来場者は減っていますよね。でも、昔は30組は来たと言っても、30組来て3~4本アポが取れたというより、5組来て3つアポが取れたほうが良かったりしますよね」と濱松さん。
風の森では営業をかけないということでしたが、「問い合わせや資料請求も、あまりあてにならない」と、追客をしない方針は一貫しています。そこには、独自の発信力があるようです。
その源は、浜松建設の世界観を世に広めるための広告塔である濵松さんご自身。長崎文化放送の番組などでも特集が組まれたりして、テレビ番組にも出演してきましたが、FM長崎では毎週木曜日のラジオ番組にレギュラーで出演。こうした地元のメディアは、自ずと顧客になりうる地元の人々に届くというメリットもあります。
「ラジオはもう十年以上続いています。『いつも聴いています』というラジオのファンの方も結構多いんですよ。毎週フリートークなんですが、お仕事の話はたまにしかしない。プライベートの話ばかりなんです。人として、友だち感覚になれる接点。なのでこのラジオだけは、まだ辞めたくないなと思っています」
親しみのわく島原弁でくり広げられ、思わず引き込まれる濵松さんのトーク。そのお人柄が伝わる場をラジオ番組として大いに楽しんでもらいながら、ときどきイベントの告知や手がけた住宅への想いなども聞いてもらう。ラジオには映像がないので、リスナーはその話から想像することしかできませんが、そこにもまた濵松さんが大事にしているワクワク感が生まれるしかけです。
「ラジオでしゃべったことは、画像や動画付きでYouTubeでも発信しているんですよ。うちはYouTubeにも力を入れています。テレビ局にドキュメンタリーをつくってもらって上げたりしていますが、それなどは1か月で8万2000回再生されました」
公式インスタグラムもフォロワーが3000人を超えている浜松建設ですが、公式YouTubeチャンネルの登録者数も3160人となり、すでに280本の動画が上がっています(2024年6月現在)。最高動画再生回数は22万回を記録しました。
ラジオで興味をもったリスナーがYouTubeに動画を見にいったり、さらには風の森へ実際に足を運んでみようとなったりする。そして、最終的には浜松建設の物件に興味を持つ流れができているのです。
大工を社員化! 競合他社とのコラボも実現
風の森を拠点にするのは、自然素材にこだわった住宅に定評があることともマッチしています。特に外構や植栽は印象的で、家の内部からの魅せ方もさすが。暮らしと自然とのつながりを大事にした提案を得意としています。
「ブランドをつくるって、ディテールとかいろいろ細かなものがあるんですけど、そういう『らしさ』をブレずに徹底してやろう、というのが大事ですよね。お客さまの夢につながるための世界観を、自分はつくりたいと思っています。建築は今から、もう世界観になっていくんじゃないかな」
そんなふうに語る濱松さんですが、それとは反対に会社として「やらない」と決めていることも。
「公共事業とか、あれは絶対にするなと言っています。いつも呼ばれますし、なんでしないんだって言われるんですけど」
今でこそそうして受注する仕事も選んでいますが、以前はそれぞれの担当によって変わり、「会社の中に工務店がいくつかあるような感じ」の時期もあったといいます。ブランディングを進めるなかで去っていく人もいたようですが、「人がいなくなればアイデアって生まれるんですよ。いろんな仕組みがこれでいいのかとか、じゃあ経費もこれでいいのかとか」とふり返ります。
そうして今これまでにない試みをしているのが「同業者とのコラボ」。地元長崎県の工務店仲間と請け負い仕事をサポートし合う、まさしくコラボレーションが行なわれているのです。
「たとえば1億円のアパートがあったとして、1人の現場監督に担当させたら、ほかが見られなくなってしまう。会社というのはそういうリズムっていうのがものすごく大事です。新築だったら5~6軒なら1人の現場監督で見れるけど、1億の物件も見ながらはできないんです。そういうとき、じゃあここはそっちで頼むよということをしています。私が頭に立ってやることもあれば、やってもらうこともある。お互いにね」
「これをやったら、お互いに売上が上がるんですよ。もう2億から3億はコラボしています。これはどこもなかなか理解できないし、真似ができない。信頼できる仲間と、お互いオープンに原価の見せあいをして管理費をまとめていく仕組みづくりを、腹をわってできますか?って話ですよね」
実はこれは、自社で大工を社員化していることにも関係しています。こだわりの家づくりには欠かせない有能な大工を社員とすることは利点も大きい一方で、閑散期にもて余してしまう側面も。工務店仲間とお互いの仕事をサポートすることで、その空いた時間を有効活用できる仕組みになっているのです。
「この関係は、いろいろ失敗してきてやっと構築したものでもあります。今ではコラボしている工務店同士、顧問はお互いの名刺を持っているんですよ」
システムも重視! クレーム対応はポイント制に
「うちはすべてオープン。なんでもオープンなんですよ。社員にも全部、会社の粗利をオープンにしていますからね。当たり前じゃないですか。ボーナスの計算を自分たちでできるように、ちゃんと粗利がどうかっていうのを全部見せているんです」
そこまでの徹底した見える化をするスタンスは、社員の意識にも大きな影響を与えていることでしょう。個人の報酬の計算のルールなども細かく全部つくっているといいます。
「私がこのあいだ新しくつくったルールで、後半の貸付制度というのがあります。一年には前半・後半あるわけですが、あるとき『前半が75%いかなかったらボーナスはないよ』と言っていたら、前半が73%になったんです。それなら出さなくて良かったんですけどね(笑)、一生懸命やってるじゃないですか。見える化してるからわかるんですが、後半は良いんですよね。だから、後半の粗利は貸し付けできるようにしようと。そうしたら、後半の3000万円を貸し付けて前半が83%になったぞとなるわけです」
もちろんその分、後半は3000万円分減ることになるわけですが、それもまた次にがんばろうという社員のモチベーションになっていきます。そんなルールも、濱松さんが自ら日々いろいろと考えて決めているのです。
デジタルツールをつかった見える化も、自らシステム会社にアドバイスをして改善、カスタマイズをすることを、20年前から行なってきたそう。
「システムって、1つにまとめれば便利かも知れませんけど、全部入っていかないといけないから見にくくなるんですよ。だから、まずは社員のコミュニケーションが1つ、そして顧客管理、それから業者とのコミュニケーションとか。そういうジャンルで全部分けていくんです。最近は基礎工事のコストが結構、高いですよね。うちは全部、計算式をつくったんですよ。1年生でも15分で見積もりができるように」
それぞれの目的に応じて見える化され、最適化されたシステムづくり。商品の仕様変更の情報や、社内の全体会議の資料などもすべてこのシステム上で共有されています。
「社長がこれやるぞー!と言っても、みんながついてこないと意味がないですよね。うちは入社したら研修でまずこのシステムの使い方から覚えます。この見える化によって社員の悩みもすぐにわかる。『決済してください』っていえば、稟議書も全部これでできるんです。これをやってるところとやってないところの差は、ものすごくついてくると思いますよ」
浜松建設の見える化システムでは、クレーム対応でも独自のルールが構築されていました。
「うちはクレームも全部これで上がってくるんです。普通は上司に上げるじゃないですか。でもうちではここに上がるので、一気に社内で共有されるんです。だからすぐに誰が行けとか対応することもできるし、3日以内で対応するとか、少なくとも10日以内にしようとか、そういう流れもスムーズなんですね」
そのクレーム対応には、なんと1ポイント100円で還元されるルールがあるのだとか。定期訪問には200円など、その設定も細かくされています。
「給料で100円200円もらっても、何も感謝されないですからね(笑)。手渡しで課税されない金で渡すわけです。『一回飲みに行ったら終わる』なんて言われますけどね。今年の年間トップは、今のところ3月までで5500円かな。一年間の表彰制度もつくったんですよ」
「本当にちょっとのことなんだけどね。クレームの報告書って、たぶん建築が一番大事だと思うんですよ。どういう住宅を管理しているかということも。前ばかり向いてやるんじゃなく、紹介をもらおうと思ったら、やっぱりクレームアフターをどう管理するかですからね」
「うちは上司は関係ない。トップにすぐ分かる仕組みにしている」という濱松さん。それぞれの細かな報告も全部チェックしているといいます。
ただ、こうした管理システムを成功させるには、他業種から入社した違う目を持つ人材にも、とても助けられているそう。以前は銀行やホテルに勤めていた方が、今は浜松建設で活躍しています。
現在、浜松建設の社員は大工も含めて30名。住宅事業部やリノベ事業部から風の森プランニング事業、ホテル事業や雑貨事業、新規事業まで、さまざまな部門が展開されています。
常に新しい視点を持ち、独自の路線を築いてきた濱松さん。その柔軟な突破力は、これから予想される業界全体の荒波にも、またいかんなく発揮されていくことでしょう。