スペシャルインタビュー
住宅業界のトップランナーを徹底解剖

大工は正社員採用!工務店としての大きな飛躍を支えた「家道(やどう)」とは

滋賀県/株式会社 木の家専門店 谷口工務店
代表取締役社長 谷口 弘和さん

「うちは本気で大工を育成する会社です」と語るのは、木の家専門店 谷口工務店の谷口弘和さん。その言葉通り、正社員88名のうち大工は43名。その平均年齢は20代と若く、新卒採用を基本としています。大工だった父の背中を見て育った谷口さんは、最初に勤めた大手ハウスメーカーから独立して今に至りますが、そこには家づくりの基本を担う大工の価値をもっと高めたいという強い思いが。「家道(やどう)」を突き進み、成長し続ける会社を取材しました。

#人材育成 #社員大工 #SNS活用 #まちづくり



茶道のように技術性と精神性を極める「家道」とは

谷口工務店の代表取締役社長、谷口弘和さんのお父さまは、大工を3~4人抱える地域密着型の工務店を営まれていました。息子として、その姿を見続けてきたなかで学んだことも多かったといいます。

「父の時代は、大工の棟梁として地域で慕われて、いい家をつくってお客さんによろこんでもらうというシンプルな形でした。でも、今のハウスメーカーは、営業から設計、現場監督まで、全部が完全に分離しています。私もメーカーで大工として働いていましたが、クレームの処理に追われたりして、下請けとしてお金でコントロールされているみたいな存在になっているなと気がついたんです」

そうした経験から、今の谷口工務店の経営方針も定まっていったといいます。

「ただ、父も設計はできなかった。昔ながらの田の字型の間取りとかって、実は企画住宅だなと思うんですよね。いなかの家は、そういう意味では間取りがどれも一緒なんです。でも今は時代も変わってきて、設計の力が必要になっています」

現在、谷口工務店では43名の大工が正社員として活躍しています。そのうち、女性の大工も6名。そして、設計士は25名が在籍しています。営業という独立した部署はなく、設計士が営業を兼ねているというのも大きな特徴でしょう。

「良い家づくりをするためのシンプルな体制をつくっていこうということで、その家のことがよくわかっている設計者が直接営業すればいいんじゃないのというところからスタートしています。本来の家づくりって、建てたい方がおられて、その人からちゃんとヒアリングをして形にして、現場でつくって、資金回収というシンプルな流れですよね。それを田舎の大工さんはひとりでやっていたわけです」

もちろん適材適所あるので、接客営業が苦手な設計士もいます。そういった場合はバックヤードにまわってもらうなど、臨機応変に対応しながら配属を決めているそう。

また谷口工務店の経営を導く大きな指針としてあるのが「家道」です。これは、谷口さんがつくった造語。もともと大工のなかでも数寄屋大工になりたいという思いがあった谷口さんが茶道を学び、そこでのおもてなしの在り方に心打たれたのがきっかけでした。

「茶道って、シャカシャカとして飲むだけと思っていませんか? 実は4時間の茶事なんです。おもてなしの基本は全部茶道に通じている。お客さまを招いて、最高によろこばせるためのイベントなんです」

そこに宿る精神は、お客さまによろこんでいただく家づくりにも通じていました。谷口さんはそれを「家道」と名づけ、商標登録まで取得されたとか。社内にはいつか茶道の稽古場をつくって、社員教育の一環としてその基本を社員にも教えたいといいます。

そんなわけで、谷口工務店には「家道札」というものがあります。「ここには、私がこれまで経営してきた集大成の言葉をすべてまとめています」とのこと。いわば社訓のような存在で、家づくりの道をいく者としての心構えが記されていました。

その大きな使命は、「家道で日本の暮らしを豊かにする」こと。心を磨く十か条や、谷口工務店の社員としての家訓十三か条が記されています。


お客さまによろこんでいただける家づくりをしていくための心構え「家道札」(クリックすると別タブで画像を開きます)

そして週に3日ほど、現場の大工もリモート参加する形で、この家道を社員全員で読み上げる機会を設けています。その中では、3~4人のチームを組んで「問答」をする時間も。テーマを決めて自由討議をする場です。

「問答にはルールがあって、会社の悪口や人の悪口を言わないことと、マイナス発言をしないこと。シャッフルでいきなりやるのですが、その日のファシリテーターが発表して皆でシェアするんです。めちゃくちゃ盛り上がりますよ。社長からのトップダウンではなく、この会社を皆でどうつくっていくのかという議論につながる、いい文化ができたと思います」



学ぶ素養のある新卒を採用!100人の社員で目指すもの

お客さまも巻き込んで、この「家道」を伝えていきたいと語る谷口さん。社員教育に関しても、「うちは人間教育しかしていない」といいます。

「設計士は営業じゃなく、家づくりのファシリテーターなんですよ。導いてあげる存在にならなければ。だから、資本主義的な感じで『この性能でいくら』『これがいくら』という比べ合いをする挑発にのったらいけない。やっぱり人としてどういう関わりをしていくのか、お客さまの幸せにコミットしていくところから入っていくことです」

この家道をブランド化して、もっと世の中に広めていきたいという思いからつくったのが「MOVスクエア」です。谷口さんいわく、「人の心をつかんでいる世界最大級のブランドは、キリスト教のような宗教であるという思いがあり、そのブランドには“聖地”がある」。家道の聖地として、このショールームを育てていきたいという思いがあります。

「最近は、お客さんがワークショップできる場を設けているのですが。端材や道具を置いておいて、ご家族で課題のものをつくっていただきます。わからないことがあったら職人もいますから聞いてくださいね、と。うちの社員は人格も磨いていますからね。何か聞かれたら快くていねいに対応するので、尊敬してもらえたりして。ふと壁を見ると、谷口工務店の施工事例が貼ってある。家を建てるならここに頼んでみようかな──ここには、そんな物語があるんです」


無垢の木や自然素材を使った谷口工務店ならではの木の家が体感できるほか、暮らしのイメージがふくらむ専門店で買い物もできる「MOVスクエア」。双子のヤギやハトがいたり、屋根に登れる小屋やブランコがあったり、貸し切りの予約制ドッグランがあったり。そのほか、さまざまなイベントも各種開催されている(クリックすると別タブで画像を開きます)

ただ会社を大きくして利益だけを追求するのではなく、一人ひとりの社員が「家道」を極め、社としてより良い家づくりを目指したいという思いから、社員数はだいたい100人規模が上限だという谷口さん。社員教育はもちろんですが、その礎となる採用にも力を入れています。現在は新卒採用のみとなっていますが、それもしっかり学ぶ素養のある人材を獲得したいという思いから。

「今は大工も設計も、社員採用は基本的に大学生しかとっていないので、学ぶことに対してはみんなすごく貪欲ですよね。採用にはかなり力を入れて、できるだけ多くの人に来ていただいて選ぶようにしています。毎年10人くらいずつ採用していますよ」

大工というとこれまでは親方に弟子入りをするような形で学んでいくスタイルが主流でしたが、谷口工務店では新卒採用をして会社で組織的に育てていく体制をとっています。

「職人の待遇は低いけど、すぐに独立できるよ!みたいなことを売りにするのが世間のあたり前になっているのですが。私たちは社員の処遇を全部一緒にして、社会保険もしっかり入っています。大工にも等級表があって、新入社員は1等級、2等級が小方、3等級で親方、4等級は棟梁、5等級は現場監督。職人としてずっと伸ばしていきたいなという人には、うち専属の請け負いの道もあります」

社員としては、どこかで管理者にもならないと成長できない。それは大工も同じだという考えから、そのようなキャリアが積める仕組みづくりをしているのも独自の路線ではないでしょうか。その人の適正によっては、設計から大工になったりする横の移動もありだという柔軟な考えもあるといいます。

リクナビやマイナビで採用を始めて15年ほど経ちますが、その4期生から大工も大卒をとるようになった谷口工務店。最近では女性の応募も多いそうで、その理由として多いのは「ものづくりがしたいから」なのだとか。

「いざ探すと、ものづくりができる職種ってあまりないんじゃないでしょうか。大手メーカーは営業の社員を主に探すので、設計の募集もなかなかない。そこに目を付けたというところもあるんですけれど、うちは設計が営業も兼ねているので。募集をかけると、どばっと応募がきますよ。人材不足と言われている昨今ですが、うちはまったく不足していませんね」

ただ、その上限は100人と決めている谷口さん。「だからこそ、社員一人ひとりの役割を重視し、この人数でどう価値を高めていくかという会社としての動きを常に意識している」と語ります。

「100年続く会社にすることを考えたら、私は子どもがいないので、次の社員を成長させながらバトンタッチしていく形にしていかなければなりません。親族がいないというのは、逆に強いですよ。そういう意味でも公平にね、誰のために仕事をしているのかを問うわけです。お客さまをよろこばせながら、われわれの価値を生んで、社会に貢献していく会社をつくっていきたいですね」

面白いのが、以前は会社としてさまざまな研修に投資していたものの、あるときから「まずは自分自身が気づく人にならなければ何も学べない」という家道の考えかたに基づき、一切の研修をやめたのだそう。代わりに谷口さんが自ら積極的な情報発信を始めたところ、社員たちから自主的に勉強会を開くなどの動きが起こっているといいます。



新築平均単価は4000万円台!YouTubeからの集客も上々

現在の売上げは約27億円。昨年は新築を40棟手がけたそうですが、その平均単価は4000万円ほどになっているといいます。そしてその集客のきっかけは、3分の1がYouTubeになってきているとか。

「うちはYouTubeをけっこう早くから始めていたので、それがうまく回り出してきたのかなと思います。最近ではTikTokも始めました。ただ、そういう戦い方にもいずれ終わりがくると思うので、同時にもう一度原点に戻ろうと。やっぱり、お客さまからの信頼、そこからの紹介を増やしていきたいし、そこにプラスアルファで情報発信から新規をとっていけたらいいですよね」

登録者数は1.5万人を超え、何十万回と再生回数を伸ばしているルームツアー動画も多い谷口工務店のYouTubeチャンネル。会社として設計の大きな指針としているという住宅建築家・伊礼智さんと谷口さんの対談動画なども人気です。

「うちは伊礼智さんの設計を家道の型としています」と谷口さん。出会いは2012年。もともと数寄屋造りをしたいと思っていた谷口さんでしたが、現実はなかなか難しかったそう。そんなときに、たまたま社員が読んでいたブログで伊礼さんを知り、なんて素晴らしい建築なのだろうと直接会いに行ったのが最初でした。

実際に伊礼さんにはお客さまの住宅設計をしていただき、それをベースにモデルハウスも建築。谷口さんのご自宅の設計も依頼しました。琵琶湖を臨む140坪の敷地に建てられた50坪の家には、居心地のいいこまやかな伊礼イズムが随所にしかけられています。YouTubeチャンネルでも谷口さん自らルームツアーをされ、注目の動画になっていました。


谷口さんが自らYouTubeでルームツアーをした自邸は、伊礼智さんに設計を依頼したもの(クリックすると別タブでYouTubeを開きます)

そうした経緯から、今では伊礼さんを師匠と仰ぎ、木の家専門店としてその設計をベースにしているといいます。「伊礼さんに直接指導してもらっているということではないのですが、そのディテールをうちの基本型、標準にしているんです」とのこと。

また伊礼さんを審査員長に迎え、住宅建築のプロを目指す全国の建築学生を対象に、木の家設計グランプリを開催。受賞者の作品は、滋賀県立美術館で展示されます。2014年から始めて今年で11回目となりますが、もともとは自社の採用の取り組みとして始めたことでした。それを「面白いね」と賛同してくれる工務店が現れ、今では各界の企業のほか、全国各地の工務店がこのコンテストに協賛しています。

「本当に活躍できる場は地域の工務店なのだというブランディングをしたいと思っています。大手ハウスメーカーではなく、地域の工務店で活躍することによって社会貢献ができるんだよ、というのがコンセプトとして発信できれば。いまではもううちのPRは一切外して、みなさんからの協賛金を使って運営しています。学生たちの間でも後輩に受け継がれる伝統になっていて、いいコンペになっていますね」

協賛してくれる工務店をこれからもどんどん増やし、この取り組みを盛り上げていきたいと語る谷口さん。谷口工務店としても滋賀県立美術館へ寄付し、毎週日曜日は誰でも常設展示が無料で鑑賞できる「フリーサンデー」を実施しているそう。そのほか、滋賀県立芸術劇場「びわ湖ホール」にも協賛。事業だけではなく、こうした取り組みも地域の活性化につながっています。



棟梁の復権を!宿場町を蘇らせた大工の一大プロジェクト

谷口工務店による地域活性の取り組みとしては、5年前に手がけた「商店街HOTEL 講 大津百町」も注目を集めました。かつて旧東海道屈指の宿場町として栄えた滋賀県の大津市を舞台に、商店街に点在していた7棟の町家を改修。それを全国初の商店街ホテルとしてグランドオープンさせたのです。

「コンセプトは、棟梁がまちを蘇らせる。商店街にあった7棟の町家を買ったり借りたりしてリノベーションし、北欧家具などを配しました」


かつての宿場町に誕生した「商店街HOTEL 講 大津百町」。7棟の古民家が、確かな職人の手によって美しくリノベーションされ、ホテルとして生まれ変わった(クリックすると別タブで画像を開きます)

このプロジェクトは大きな反響を呼び、地元メディアに大きく取り上げらました。同時に谷口工務店のブランディングにもつながり、平均単価の向上につながったといいます。現在はホテルの運営を任せているそうですが、手がけたその美しい仕事は訪れた人々を魅了し続けていることでしょう。

そんな縁から、大津市で行われる滋賀県の湖国三大祭のひとつ、国指定重要無形民俗文化財にも指定されている大津祭にも参加しています。

「大津祭の曳山(ひきやま)は13基あるのですが、そのうちの3基をうちの大工が組み立てにいっています」

もともとリノベーションは得意だと語る谷口さん。その言葉通り、リフォーム部門での売り上げは2~3億円に達する勢い。新築ばかりに目を向ける世の中の工務店の風潮には苦言を呈します。

「本来、リフォームは工務店の大工の役割なんですよ。ハウスメーカーよりも工務店、それがなかったらもうホームセンターに頼むしかない。うちが大工を前面に出しているからでしょうね。『リフォームもされるんですか?』って、お客さんのほうから聞いてこられることが多いですよ」

そうした新規もあるようですが、もちろん500軒以上になるOB顧客からの依頼もあります。新築を建てて20年間は毎年定期点検を行っていますが、そこでの依頼が多いそう。

「毎年20年間まわりますよと約束をしているのは、その家がほかの会社でリフォームできないように、浮気防止です(笑)。毎年行って信頼関係を引き継いでいく。何か不具合があれば直してあげるとかね」

新築もリフォームも、地域活性化の社会貢献も。社員として抱える上限は100人だと考えている谷口さんですが、その可能性は無限大だといいます。

「たとえば現場監督になれる存在をつくれば、大工をたくさん使って売上げをあげることだってできる。だから、100億、1000億だって100人でいけるなと思っていて。そうなれば当然、一人ひとりの年収も上げられるわけですからね」

まだまだ上を見ているその先には、どんな未来が待っているのでしょう。きっとまた業界をあっと言わせるこれからの取り組みも、また楽しみです。

【編集後記】

元々大工でいらっしゃった社長様だからこそ、大工棟梁が地域の住環境を守っていく役割を担うべきという意思を強く感じます。そのための大工の育成・評価システムや、街づくりのための町屋リノベーションを行ったプロジェクト、そして地域の中での聖地に「MOV」がなってくれればと、様々な仕掛けをされていました。

大手に負けない、技術力の高い地域工務店としてまだまだ発展していきそうです。(N-LINK C 野口)