スペシャルインタビュー
住宅業界のトップランナーを徹底解剖
“価値観”と信頼で向き合う年間10棟の家づくり
代表取締役 荒木 大輔さん
「建築中のトラブルや引き渡し後の不具合対応は、事前の丁寧な打合せやフォローで大きな問題に発展することはほとんどありません」と語るのは、石川県金沢市で株式会社アーツデザインを営む荒木大輔さん。協業する3人の大工に1棟ずつ担当してもらう形で年間8~11棟を手がけていますが、驚くべきはその営業スタイル。プランを作成する前に契約を決める顧客が7~8割にものぼるといいます。価値観のマッチングと信頼関係から成り立つアーツデザインの家づくり、そのブランディングの秘訣を探ります。
#地域密着型工務店 #ブランディング #価値観のマッチング #i-works
他の工務店からの学びが大きなターニングポイントに
荒木大輔さんが建築業界に入ったのは27歳のときでした。
「中途採用だったんですけど、僕が入った会社がローコストの注文住宅を年間に80棟、100棟手がけるようなところで。大量生産型の家づくりは効率的ではありましたが、私自身は、もっと一棟一棟を丁寧に突き詰めたいと思いました。ものづくりって、僕の中ではもっと突き詰めるものじゃないかというのがあったので」
本当にやりたい家づくりをするなら、自分でやったほうが早いのではないかという思いから、32歳のときに独立。実力のある仲間に声をかけて、株式会社アーツデザインを立ち上げました。ところが、その数か月後に元いた会社が倒産。さらにリーマンショックが起こり、そのあおりを受けて独立早々に数件の契約がキャンセルになるなど、苦しいスタートになったといいます。
「最初の内見会は、お金をかけて新聞の5段広告を出しました。新聞が全盛期の頃で、もといた会社ではそれで50組は来るような時代でしたが、全然来なくて。知り合いばっかり(笑)。おかげで、これまで普通にやっていたことを普通にやってもダメなんだということを初期に気づくことができました」
そこから開始したのは、事務所周辺でのチラシのポスティングやリフォーム案件の受注など、地道な営業活動でした。
「以前いた会社では不動産からの紹介で注文をとったりして、紹介料を払うみたいなことをしていたのですが、紹介料をベースにした受注スタイルよりも、自分たちの力で信頼を築きながら案件をいただく形が理想だと感じていました。それでダメなら、もうダメだろうと。人脈づくりや異業種交流に時間を割くよりも、とにかく建築を深く掘り下げたいという思いが強かったんです」
自分たちの力だけで新たな案件を獲得するためには、どうすればいいか。それを自問自答する日々では本当に困窮することもあったそうですが、一生懸命にやれることをやっていると、そんなときには誰かしらが手を差し伸べてくれるような案件が舞い込み、なんとか乗り越えてきたといいます。
「実は2018年くらいまでは、デザイナーズ住宅系だったんですよ。でも、そうすると結局競合するので。価格の比較だけで評価されてしまう場面も多く、家づくりの本質を伝えきれないもどかしさがありました。そんなとき、新建ハウジングさんが主宰する経営者向けの勉強会に参加したんです」
そこで全国各地のトップランナーともいうべき工務店の取り組みを知り、研究するうちに、自分たちの路線もだんだん見えてきたそう。「この路線でいけば、もう競合しないんじゃないかと思いました」と、荒木さんは当時をふり返ります。
「どこにでもある家づくりではなく、自分たちらしい提案を発信しようと考えました。『こういう家しか建てません』という発信をすれば、それが欲しい人しか来ないんじゃないかと気づいたんです。平均単価もそれで500万円以上アップしました」

一気に高価格帯となり、「こういう家しか建てません」という大きな路線変更。最初の4か月ほどは案件がとれない苦しい時期もありました。しかしそこへ、また助け船が。同級生が家を建て替えたいという話を持ちかけてくれたのです。
「エアコンの職人をしている友人の実家でした。それで、完成後に内見会をして。当時はかなり追い詰められていたので、『これでもう誰も来なかったら辞めよう』と、社員にも言っていたほどでした。そうしたら、結構来てくれたんですよ。パイは少ないかも知れないけれど、確かに需要はあるんだとわかりました」
プラン作成前の契約を実現! 価値観のマッチング営業
新たな顧客層をとり込むきっかけになったのは、SNSやホームページでの発信が大きかったといいます。

「今でもまだ、もっと発信していかなきゃというのが課題なんですけど。『こういう家しか建てません』という発信をすることで、それがほしいという人だけが来るようになって、請負金額もどんどん上げることができました。そうすると、営業がすごく楽になるんですよ。うちはプランを書く前に契約を決める方が全体の7~8割です。実例の建物を一回も見ずに契約する方もいます」
「こういう家しか建てません」を遂行するために、社として「やらないこと」をスライドにしてお打合せの最初に提示するようにしているというのも、アーツデザイン流。「プロの作り手が主導権を持ってつくっていく住宅」を基軸にしています。
「まずは、僕らが決めている『やらないこと』を聞いてくださいねとお話しします。たとえば、お庭の設計までさせてもらえないならプランは描けません。それから、他社と比べるのであれば、プランは描けませんとか。既製品は使いませんとか、住宅の基本性能のことなども含めて、5~6項目ほどですね。僕はYouTubeもやっているので、ほとんどの方がそれを見て予習してから来られます」
資料請求の数よりも、荒木さんに会いたい、まずは内見に行きます、という話のほうが圧倒的に多いというアーツデザイン。逆に資料請求は月に1件あるかどうかなのだとか。
「なぜかわからないんですけど、資料請求よりも直接会いに来られる方がほとんどなので、パンフレットも会場で渡すことが多いですね」
そうして大きな路線変更に成功し、営業プロセスが大幅に効率化されたことが、今の安定した経営にもつながっています。またその過程では、社内に広報部門をしっかり入れたことも大きかったよう。
「広報を入れるまでは、だいたい月に3~4組くらいの新規でした。年間40組ぐらい来るうちの10件をとらなきゃいけない感じなので、値段もいろいろ考慮しながら結構がんばらなきゃいけなかったんですよね。それが今では、だいたい月に6~7組くらい新規が来るので、年間80組。そのうち僕らが図面を描くのは15棟くらいで、10棟が成約。3年ぐらい前から、そういう流れがきれいにできるようになってきた感じがあります」
また、最初に4000~4500万円ほどの価格帯であることを明示することで、半数の顧客が離脱し、初期のスクリーニングがなされるといいます。土地が決まらない限りは、仮想の土地でのプラン作成も行わない方針です。
「土地探しに関しては、僕らの家づくりをよく知っている不動産担当の方とやりとりしていただきます。そのうち2~3個まで絞りこまれた土地がきたら、ここだったらこう、ここならこうするといった話はします。でも、実際は土地がすでにある方が全体の7割くらいですね」
その後も基本的に契約をするまでプランは描かないそうですが、「ヒアリングはしますよ」と荒木さん。
「ヒアリングの際には、『○○○○工法はどうですか?』といった具体的な質問をいただくこともあります。私たちは可能な限り丁寧にお答えし、お客さまが選ばれた方法が良い選択であれば、その点をきちんとお伝えしています」
丁寧なヒアリングの場を設けることで、契約前のプラン作成は必要なくなったといいます。そして契約後、詳細設計のお打合せでは、事前に動画や資料などを提示して予習を促すことも。そうした細やかな配慮も、対面でのお打合せを効率化することにつながっています。
「内装や外装のお打合せは、一般的には非常に時間がかかりますが、当社ではおおよそ2時間で完了します。例えば、『ここは目線が近いので、木目のやさしい木材を使い、こちらはブラックチェリーを取り入れると際立ちます』といった提案は、私から順に説明していきます。その上で、『窓枠などの細部の木材は私の判断で選んでもよろしいでしょうか』と確認すると、多くのお客さまが快く了承してくださいます」
それだけの信頼関係があるからこそ、2時間でちゃんと収まるのでしょう。詳細の図面をつくってから2週間ごとに実施して計5回、念のための予備日で別途2日、それでだいたい外構までのお打合せが完了するといいます。
会社としての基準を明確にすることで、それに沿った提案を主導し、合意形成をスムーズにして顧客の負担も軽くする、まさにウィンウィンの関係です。プランを作成する前に契約が成立するというのは、そうした高いレベルでの価値観のマッチングによるものなのでしょう。
本物を追求する家づくりと、それを支える仕組みとは
「『いつ建てられますか』って、よく聞かれるんですけど。建築開始の時期については、土地や設計の進み具合によって異なります。状況に応じて、早い者順で対応しています」
現在はタイミングによって待っていただく場合もあるようですが、棟数よりも一軒一軒の質を重視する姿勢は、ホームページにある「あたりまえの、ほんもの。」という言葉にもよく表れています。あたりまえに、あたたかく。あたりまえに、心地よく。あたりまえに、強く、未来を向いて──。
アーツデザインの設計は、自然素材をふんだんにとり入れたその美しい風合いやデザイン性とともに、住宅の基本性能、パッシブ設計にもこだわります。
「やっぱり、基本性能は損なわないように。僕たちは、その家だけではなく、周辺環境とのつながりや、パッシブ設計にもすごくこだわります。構造の組み方とかも、やっぱり梁が同じ方向に同じものが並ばないと嫌なんですよ。見えませんけどね。設計としてはそういうところまでこだわります」
こだわるところは徹底してこだわる、しかしそれを必ずしもお施主さんに理解してもらおうとするわけではないといいます。
「模型を作り、構造の説明を行いますが、理解していただけるのは一部に過ぎません。それでも、目に見えない部分へのこだわりがあることを示すことで、耐震等級3を最初から保証できるのです」
快適性と、安全性も両立させながら構築していく住宅性能。その全てのこだわりは理解されていなかったとしても、確実に信頼関係を生む要素となっているはずです。
自社の注文住宅としてのブランドを確立させた一方で、アーツデザインは2024年に「i-works project」にも加盟しています。建築家・伊礼智さんが、全国の工務店とともにとり組む規格住宅ブランドのプロジェクトで、アーツデザインではそのモデルハウスも建設しました。

「まだ広く知られていない一方で、伊礼さんの建築を好む方が、i-worksを規格住宅で安価だと誤解して来られることもあります。しかし、当社の場合、従来の注文住宅よりも高額になるため、この価格ギャップへの対応は今後の課題です」
4000万円台の注文住宅が主軸になっているなか、5000万円を超えてくるお客様に対してi-worksの家を当てていくイメージを持っているといいます。
「当社の受注対象は概ね4000~5000万円の価格帯です。それを超えると、より一点ものを求める顧客層となり、当社が対応するのは困難となります。そのため、5000万円を超える案件については、伊礼さんの協力を得る方針としました」
5000万円を超える案件についてはi-worksで対応し、5000万円以内であれば自社の注文住宅で提供しています。i-worksで採用された要素を注文住宅にも取り入れることは可能で、実際に実施しています。広報からは表現が曖昧すぎると注意されることもあるものの、荒木さんは『良いものは良い』という考えを大切にしており、注文住宅であろうとi-worksであろうと、その価値は変わらないと考えています。
「ほんもの」の家づくりであること。そのための手段は、注文でもi-worksでも構わない。それを選ぶのはお客さまで、ただ自分たちはあたりまえのことをしていくだけだという静かな覚悟。そんなフラットな姿勢も、アーツデザインの家づくりを魅力的にしているようです。
合う人といい家づくりができる「10棟」の規模感
年間10棟前後の家づくりをするのが、アーツデザインの規模感としてちょうど合っていると語る荒木さん。今はこれ以上規模を広げるつもりはなく、今後もそれは考えていないといいます。
「僕は、自分の能力の限界をわかっているつもりなので。経営者っていうより、プレーヤーの色が強いので、そんなに棟数をいっぱいやるような実力はないと思っているんです。なので、今くらいの規模で、お客さまも職人さんも社員も、みんなの顔が見えるコミュニティで仕事がしていければ。利益もそこそことれるし、ベストなんじゃないかなと思っています」
現在、専属の大工は3人。その人数を増やせば棟数も増やせますが、またそれだけの件数を受注し続けなければならなくなります。それよりも、現状維持で質の高い家づくりに注力するという考えです。
「コロナ禍も、うちはあまり変わらなかったんです。それは、この棟数だから。これが30棟40棟手がけていたら大変だったと思います。今の棟数に落ち着いているからこそ、世の中の流れにもそんなに影響されないところがあるんです」
クロス職人なども、全業種でいつも同じ固定メンバーに依頼。それが施工精度を高く保つ秘訣にもなっています。
「施工力というところには、自信を持っています。うちのキーポイントのひとつですね」
顧客層としては、30代後半から40代前半くらいまでが主軸。お二人とも公務員、医療系や上場企業の勤務、このエリアが気にいって移住されてきた方など、比較的高所得で教育レベルの高い方々が多いとか。

「しっかり学んで家づくりに真剣に向き合われる方とご縁をいただいています」と荒木さん。お話をして、合わないと感じた顧客は無理に受注しないこともあるといいます。
「性能面を数値だけで比較される方とは価値観が合いにくいこともあります。私たちは“暮らしの心地よさ”を大切に考える方とご一緒したいですね」
メインの事業は新築。技術的には問題なくできるリノベーション事業も、知人から依頼があったときなど、ごく限られたものしか受けない方針です。
「この規模では、リノベ事業も、非住宅系の案件も、手を出す必要はないかなと思っています。うちは大規模なOB会は行っていませんが、LINEを通じて一邸一邸しっかりサポートできる体制を整えています」
そういう一方で、OB顧客に対するケアは徹底されています。お打合せ時からお施主さまとはLINEグループをつくってやりとりをしますが、それをお引き渡し後も残してつながっておくそう。
「10年目の定期点検もすべてLINEで行っています。「こういう問題があります」といった連絡も、お客さまから直接届く形です。鍵の破損や緊急のトラブルがあれば、迅速に駆けつけます。私はほぼその日に対応するようにしており、必ず誰かが対応可能な体制を整えています。こうした細やかな対応が、顧客満足につながっているのです」
一見、我が道を行く自信に満ちた経営のようですが、「本当は全然自信がないんですよ。弱い人間なので」という荒木さん。お施主さまにプランを提案するときなども、内心は常に不安だからこそ、日々勉強をして、いいものを見て、教えを乞う日々を続けているといいます。
「だから、設計のスキル、施工のスキル、すべてにおいて、まだまだ他社とは圧倒的な差をつけなきゃいけないと、ずっと追われているんです。もっともっとレベルアップしていかないと」
若い社員は20代からいますが、これからは新しい採用よりも、今いる信頼のおけるスタッフ全員のレベルアップを目指す考えです。「タバコも酒ものまない、趣味は住宅建築」だと話す荒木さんですが、毎朝6時には出社して、社員が帰りにくくないように夜7時には退社する生活だとか。
「有休消化などもしやすい環境づくりはできていると思いますが、この規模での福利厚生は限られます。でも、賃金の面では返していかないと。その点、社員にはすべて透明化していて、経常利益の何%が賞与で、現状だとあなたのボーナスはこれだけですと決まっているので、それをモチベーションにしてもらっています。だからみんなで利益を上げていくんだぞ、ということですね。うちは売り上げよりも利益重視なので」
目指すのは、売上規模の拡大ではなく、関わる人すべてが気持ちよく働けて、きちんと利益も出せる家づくり。「売り上げよりも利益重視」という姿勢は、無理のない棟数で施工の質と信頼関係を守り続けるための、経営者としての覚悟でもあります。心の通じ合う人たちと、本当にいいと思える家をつくる。そんな理念と、お引き渡しまでの過程すべてに、アーツデザインらしさが息づいています。
【編集後記】
本物を追求する覚悟と、信頼で築く家づくり
今回お話を伺った荒木大輔さんの言葉の中で、最も印象的だったのは家づくりに真剣に向き合い、しっかり学んでくださる方とのご縁を大切にしているという姿勢です。この考え方があるからこそ、年間10棟という規模でも、プラン作成前に契約を決める顧客が7~8割にものぼる、価値観に基づいた家づくりが実現しているのだと感じました。
年間10棟という規模感にこだわり、プラン作成前に契約を決める顧客が7~8割という驚異的な営業スタイル。これは決して営業テクニックの話ではなく、「価値観のマッチング」という言葉に集約される、本質的な家づくりへの取り組みの結果なのです。
荒木さんが語る「どこにでもある家づくり」から脱却し、「こういう家しか建てません」という明確な発信をすることで競合を避ける戦略は、多くの工務店経営者にとって示唆に富むものでしょう。平均単価を500万円以上アップさせながら、クレームゼロを実現している背景には、徹底した価値観の共有と、妥協のない品質へのこだわりがあります。
「本当は全然自信がないんですよ。弱い人間なので」と謙遜される荒木さんですが、その言葉の端々から感じられるのは、常に学び続け、より良いものを追求し続ける職人としての真摯な姿勢です。毎朝6時出社、夜7時退社という規則正しい生活の中で、「趣味は住宅建築」と語る荒木さんの家づくりに対する情熱が、アーツデザインの品質を支えているのでしょう。
「売り上げよりも利益重視」という経営方針も、単なる効率化の話ではありません。関わる人すべてが気持ちよく働ける環境づくりと、お客様に本当に良い家を提供するための、経営者としての覚悟の表れです。
i-works projectへの参加も、自社のブランドを確立した上での新たな挑戦として興味深いものでした。「いいものはいいんだから、見た人はきっと『いい家だ』と言う」という荒木さんの言葉には、本物の家づくりに対する静かな自信が感じられます。
地域密着型工務店の一つの理想形を示すアーツデザインの取り組み。その根底にあるのは、お客様、職人、社員、すべての関係者との信頼関係を大切にし、「あたりまえの、ほんもの。」を追求し続ける姿勢でした。
家づくりの本質とは何か、工務店経営の真髄とは何かを改めて考えさせられるインタビューでした。
(N-LINKC 野口)

